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大島薫さんとミシェルさんの交際から学ぶ明け透けと啓蒙的効果

2017年07月03日

最近は大島薫さんとミシャルさんの記事ばかりですね。飽きるか、ネタが尽きたら他の事を書くと思います。


大島薫さんとミシャルさんの交際は何度もブログで述べているとおりだが、相変わらず大島さんはミシェルさんへの愛をTwitterYouTubeのLive配信で爆発させている。これらは自慢、惚気、広報、自己プロデュースの一環と見ることもできる。では全ては大島さんの自己満足で閲覧者には何も益することはなかったのか。答えは否、少なくとも私には益するところがあった。

本日6月7日で28歳の誕生日を迎えましたのでご報告がございます。こんな見た目で男性のボクですが、男の娘の彼女ができました。ボクら2人にはこれから先色々な問題もあるのでしょうが2人で素敵な未来を作っていこうと思います。ちなみにそんな男の娘の彼女がくれた誕生日プレゼントは首輪でした。 pic.twitter.com/e2Zyx2FoUp

− 大島薫 (@Oshima_Kaoru) 2017年6月7日

例えば上記の大島さんとミシャルさんの交際ツイートは私の狭量的価値観を破壊してくれた。男の娘カップルというのが制度疲労を起こしながら渋々用いてきた性的指向カテゴリーに全く当てはまらなかったのだ。結局のところ無限の多様性があり、今のカテゴリーはその一部分に過ぎず、カテゴリーに当てはまらない人は多くいるということだろう。

YouTubeのLive配信では生々しいほどにミシェルさんへの愛を述べている。配信された動画を幾つか見ていくわかるのだが、大島さんがミシェルさんのことで笑ったり、泣いたり、喜んだり、悲しんだり、焦ったり、焦らされたり、その他諸々の事で懊悩したりと、(仮にこれが劇だとしたら大島さんは相当な役者ということになる訳だが)どこでも行われてる恋愛の姿を覗き見ることができる。男の娘カップルというのが目を引き、一人歩きするのは仕方ないことだが、あくまで恋愛は恋愛なのだ。当然の事だが男の娘カップルであろうとそうでなかろうと、本質は同じではということを教えてくれる。

大島さんが閲覧者に対して、このような啓蒙的効果を狙ったのかは定かではない。しかしここまで示唆が得られるのは、偏に大島さんの明け透けによるものだ。本来ならばミシャルさんとの交際も、またその交際内容も全く開かす必要がないものである。しかし大島さんは自身の主義によるものなのか、全てでは無いにしろ、隠していておかしくないことを開けっぴろげにしてくれた。過去にはこんな発言もある。

それより話題に挙げられない方がよくないじゃんって思います。好きの反対は無関心じゃないけど、名前がそれだけつぶやかれてるってことですから。やっぱり僕は人を楽しませることが自分の楽しみになってるんですよね。自分が隠したいことをさらけ出すのも、問題発言もふくめて反応を求めちゃうんですよ。あんまり後先を考えてないところもあります。

今後ミシャルさんが望まなければ、大島さんは黙して語らず、何も言わなくなるだろう。とはいえ個人的な希望としてはこれからも明け透けにして閲覧者に様々な示唆を与え、型に嵌った狭量的価値観を破壊してほしいものだ。