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t.A.T.u. - 2000年代初頭の卓越した音楽デュオ

2020年01月04日

最近t.A.T.u.の曲を聴いて、彼女らはどうしているのだろうかと気になり、色々調べてみた。その中で色々と当方が思うこともあったのでここに載せておく。

t.A.T.u.の簡単な歴史

t.A.T.u.は児童心理学者で音楽プロデューサーであるIvan ShapovalovとビジネスパートナーであるAlexander Voitinskiyによって作られた。当初はメンバーはLena Katinaのみで、NATOによるユーゴスラビア空爆に対するプロテストソングが作成されたが、全く売れなかったため最終オーディションに残ったJulia Volkovaが加入しデュオとしてスタートした。

Shapovalovは音楽を売る上でイメージ戦略が大事であると心得ており、スウェーデン映画『ショー・ミー・ラヴ』から着想を得てt.A.T.u.を若者たちの恋愛にスポットを当てたグループにしようと決めていた。Shapovalovの恋人であったElena Kiperが歯の治療中に見た夢(自分が他の女性にキスをする)を大幅に誇張し、当時としては全くの未知数であった過激なレズビアン路線で行くことにした。

「ある日、私たちが練習していたとき、イワンがこう言ったの。『何かが足りないな……。キスするんだ』って。私たちは笑い死にしそうになったわ。でもイワンは真剣だった。『さあ、やってみろ』と。ユーリャが私に近づいてきて、妙な気がした。でも、好奇心もあった。その瞬間からイワンは威圧的になった。『俺の言ったとおりにしろ』と言って、いろいろと実験を始めた。たとえば、彼はユーリャにベルトを外させて、私のシャツの下に手を入れるように命令したりしてね」

Voitinskiyは方向性の違いから早々にこのプロジェクトから手を引いた。 Shapovalovは当時音大生であったSergio GaloyanとValeriy Polienkoを見出し、Ya Soshla S Umaを完成させた。Ya Soshla S Umaは直ぐにロシアの音楽チャートで1位なると、その情報が海外に伝播した。Ya Soshla S Umaの英語版であるAll the things she saidは各国で空前絶後の大ヒットとなった。

成功に気をよくしたShapovalovはt.A.T.u.をよりスキャンダラスの方向へ邁進させたため、内部では軋轢が生じており、KiperとGaloyanはShapovalovのやり方についていけず2002年にチームを去った。Valeriy Polienkoも2003年には絶縁状態となる。LenaとJuliaは何とか踏みとどまったが、2004年に痺れを切らし、三行半を突きつけShapovalovをプロデューサーの座から引きずり降ろすことに成功する。

問題はここからだ。2005年に出した3枚目のアルバムDangerous and Movingはそこそこのヒットするものの、それ以降ぱったりとヒットしなくなってしまう。原因は楽曲のプロモーションの欠如や破綻していたレズビアンに代わる新たなイメージ戦略がなかったためだともいう。2011年にt.A.T.u.は解散してしまう。

Shapovalovの影

多くの人のt.A.T.u.のイメージは「ああ、ミュージックステーションをドタキャンをしたグループね。」であろう。ファンとしては「ドタキャンは事実だけど、色々な事情があったんだよ。」と反論したいのだが、これがなかなか難しいことに気づいた。

というのもt.A.T.u.が最も成功したのはShapovalovが音頭をとっていたときなのだ。楽曲の完成度も高く、商業的にも大成功した。t.A.T.u. discographyを見てみるとAll the Things She Saidとそれを収録した200 km/h in the Wrong Laneが桁違いに売れていることがよく分かる。

Shapovalovを追い出した2005年以降の楽曲も決して質が低いものではない。同年のAll About Usは名曲といっていいだろう。ただそれ以外の楽曲はどうにもパッとしない。記憶に残らないし、All the Things She Said, Not Gonna Get Us, 30 Minutesのように突き抜けた良さが感じられない。良い曲だが惹きつけるほどはないと思う。

もしファンがt.A.T.u.の名曲Best5を作るなら(All About Usなど一部の例外を除いて)、その殆どはShapovalov時代の楽曲で埋め尽くされてしまうのではないかと思うのだ。事実当方のBest5はそうなっている。

結局のところ皮肉屋に「あんたらは、彼女たちはプロデューサーに利用されたと仰っているが、そのプロデューサーの時のt.A.T.u.が好きなんだろ。」と言われたら何一つ反論できない。

だからこそt.A.T.u.には、All the Things She Saidを越えろとは言わないが(というかあれを越えるのはもはや無理)、これが新生t.A.T.u.の名曲だと言えるようなものを残して欲しかった。2011年に解散の報を聞いたとき、あの時代を乗り越えられぬままt.A.T.u.は終わったのかと悲しくもなった。

仮にLenaかJuliaが目の前にいて一曲リクエストを受け付けるとしたら、やはりAll the Things She SaidかYa Soshla S Umaを聞きたいと思うのはファンとしては当然のこととも言える。LenaとJuliaもそのことが分かっているようで、t.A.T.u.に終止符を打ちソロになったとはいえ、未だにこの曲を歌い続けているのだ。

Shapovalovのやり方が良かったとはいえない、しかしながら彼が素晴らしい楽曲をリリースしたのもまた事実。ファン(というより当方も)Shapovalovの影から未だに逃れられないのだ。

Juliaのゲイについてのコメント

2014年9月Juliaはウクライナのゲームショーに招かれて、息子がゲイであった場合どう思うかについて尋ねられた。

本当の男は本物の男でなければならない。

レズビアンは、2人の男性が手を握り合い、口づけしているよりも美的だと思う。ゲイを否定するつもりはないけれど、自分の息子には同性愛者ではなく、本物の男になって欲しいと思っている

このコメントをどう捉えればいいのかは難しい。セクシャルマイノリティに肯定的な人でも意見が分かれるところではないだろうか、とても寛大に捉えれば目くじらをたてることでもないかもしれない。公平に見るならばJuliaのコメントは抑制されているとはいえやや不満が残るものではある。そして昔ながらのt.A.T.u.ファンからすると噴飯ものではないかと思う。

Shapovalovのレズビアン路線が崩壊したあとも、t.A.T.u.はセクシャルマイノリティー支持を約束していたから何とか収まっていたものの、これでは全く折り合いがつかない。ゲイはだめでなぜレズビアンならよいのか。ある種の自己否定につながりかねないコメントであろう。

Shapovalovを追い出した後、2人には嘘の上塗りより、本音を語ってもらいたいと思っていた。とはいえt.A.T.u.である限りゲイに対する偏見を持っていてもコメントすることはできない。t.A.T.u.を辞めたからこそ言える本音だとすれば、戸惑いとともに感慨深い気持ちになる。

非常にためになる参考文献